Avril Lavigne(アヴリル・ラヴィーン)のプロフィール
Avril Lavigne(アヴリル・ラヴィーン)は、カナダ・オンタリオ州ベルビルの出身のシンガー、ソングライター、女優。
幼少期は父親がAvril Lavigne(アヴリル・ラヴィーン)にマイク、ドラムキット、キーボード、そしていくつかのギターを買って、地下室をスタジオに変え、そして家族をオンタリオ州キングストンにあるThird Day Worship Centerの教会に連れて行くなど音楽について熱心に動き、彼女の歌を支持していました。父親自身も教会ではしばしばベースを演奏していたようです。
1998年、14歳でカントリーフェアに出演し、多くの曲をカバーを披露しており、翌1999年、2万人の観客の前で、カナダ人カントリー歌手のShania Twain(シャナイア・トゥエイン)とのラジオコンテストで優勝しています。
カナダ・ナパニーにある劇場「Lennox Community Theatre」での公演中、地元のフォークシンガーStephen Medd(ステファン・メッド)によって見出され、彼の曲を演奏し披露しています。同じ年、オンタリオ州キングストンにあるチャプターズ書店でカントリーカバーを歌っている間に、彼女の最初のプロのマネージャー、Cliff Fabri(クリフ・ファブリ)によって発見されました。
2000年、16歳の時にアリスタ・レコードA&R部門代表だったKen Krongard(ケン・クロンガード)により、同レコードの社長であるAntonio "L.A." Reid(アントニオ・LA・リード)とプロデューサーのPeter Zizzo(ピーター・ジッゾ)に紹介され、彼女のパフォーマンスを見たアントニオ・LA・リードは、即契約を締結、ファースト・アルバムの制作を開始します。
約1年かかって制作されたデビュー・スタジオ・アルバム「Let Go(レット・ゴー)」を2002年にリリースするとアメリカで2位、イギリス・オーストラリア・カナダでは1位を獲得する大ヒット。当時17歳だったアヴリルは全英アルバムチャートでナンバーワンのアルバムを手にした最年少の女性ソリストになりました。最終的には全世界で1600万枚を売り上げ、日本でも約40万枚の売り上げを記録。
続く2枚目のアルバム「Under My Skin(アンダー・マイ・スキン)」も1000万枚を売り上げ、日本では人気が鰻登りとなり、日本だけで92万枚を売り上げました。2007年にリリースされた3rdアルバム「The Best Damn Thing(ザ・ベスト・ダム・シング)」も日本では80万枚以上売り上げています。
2014年から2015年にかけ長期にわたってライム病を患って5か月にわたり寝たきり状態になっていたことを公表。2018年に闘病中であったことを告白するとともに、その苦難の中で最新曲「Head Above Water(ヘッド・アバーヴ・ウォーター)」を書きあげたことを報告。2019年2月には約5年ぶりとなるアルバム「Head Above Water(ヘッド・アバーヴ・ウォーター)」がリリースされました。