メガデス

バイオグラフィー

BIOGRAPHY

Megadeth / メガデス

YEARS ACTIVE /
Dave Mustaine
James LoMenzo
Kiko Loureiro
Dirk Verbeuren

MEMBERS / 1983-2002 2004-present

Megadeth
出典:Photo by Travis Shinn

Megadeth(メガデス)のプロフィール

メガデスは、1980年代後半から活動を開始したアメリカのヘヴィメタル・バンド。
メンバーはボーカル、ギターのDave Mustaine(デイヴ・ムステイン)、ギターのKiko Loureiro(キコ・ルーレイロ)、ベースのJames LoMenzo(ジェイムズ・ロメンゾ)、ドラムのDirk Verbeuren(ダーク・ヴェルビューレン)の4人。

1981年、デイヴ・ムステインはロサンゼルスの地元紙『リサイクラー』にてリードギタリストを募集していたバンド、Metallica(メタリカ)に加入。しかしその後1983年、過度の飲酒や暴力などの問題行動やメンバーとの確執などにより解雇。ロサンゼルスに戻るバスの中で見つけたカリフォルニア州上院議員アラン・クランストンのパンフレット「The arsenal of megadeath can't be rid no matter what the peace treaties come to.(平和条約がどうなろうと、メガデスの兵器庫を取り除くことはできない)」という言葉の「Megadeath」が記憶に残りました。

ロサンゼルスに戻った後、デイヴ・ムステインはバンドの新しいバンドメイトを探し始め、ミネソタからロサンゼルスに移り住み、ベースとギターを演奏していた新しい隣人のDavid Ellefson(デイヴィッド・エレフソン)とGreg Handevidt(グレッグ・ハンデヴィット)をバンドに加え、「Fallen Angels」という名のバンドを結成。後に記憶の残っていた「Megadeath」のスペルをもじり「Megadeth(メガデス)」とします。グレッグ・ハンデヴィットは数カ月ほどで脱退してしまいますが、デイヴィッド・エレフソンは残り続け、2人でメンバー探しを続けます。リード・シンガーは半年かけて探しましたが、最終的にはデイヴ自身が行うことに決め、ドラマーとしてLee Rausch(リー・ラウシュ)が参加することに。

1984年、3人でデモテープ『Last Rites』を制作しリリース。バンドは互換性のあるセカンドギタリストを見つけることができず、ドラマーはGar Samuelson(ガー・サミュエルソン)に置き換わりました。ガー・サミュエルソンは過去に同じバンドにいたギタリストのChris Poland(クリス・ポーランド)の加入を提案し、オーディションの末参加。その後いくつかのレーベルを検討した後、ムステインはメガデスにレコーディングとツアーに最高の予算を提供したニューヨークを拠点とするインディペンデント・レコード・レーベルであるコンバット・レコードとバンドを契約します。

1985年には、デビュー・アルバム『Killing Is My Business... And Business Is Good!(キリング・イズ・マイ・ビジネス)』をリリース。前評判は良かったものの、レコーディングのために与えられた8000ドルの予算の半分近くをドラッグやアルコールの購入に使ってしまったため、サウンドプロダクションに問題を抱える仕上がりとなりましたが、商業的にはアンダーグラウンド・メタル・サークルで比較的成功し、メジャー・レーベルの関心を集めます。

同年半ば、カナダのスピード・メタル・バンドExciter(エキサイター)との契約で、最初の北米ツアーである『Killing for a Living Tour』を行いました。麻薬中毒と戦っていたクリス・ポーランドに変わりギタリストのMike Albert(マイク・アルバート)が参加。当初、恒久的な後任となるはずでしたが、アルバムのレコーディングを開始する直前の1985年10月に、クリスはメガデスに復帰しました。アルバムは25,000ドルの予算で制作されましたが、財政的な制限に不満を持っていたバンドはコンバット・レコードを去り、キャピトル・レコードと契約。キャピトルはアルバムの権利を購入し、プロデューサーのPaul Lani(ポール・ラニ)を雇って以前の録音をリミックスしました。『Peace Sells... but Who's Buying?(ピース・セルズ…バット・フーズ・バイイング?)』は翌1986年にリリースされ、RIAA(アメリカレコード協会)で初のプラチナ認定を獲得するヒットとなりました。

1987年2月、Alice Cooper(アリス・クーパー)のツアーのオープニング・アクトを務め、翌月にはイギリスで初のヘッドライナー・ワールド・ツアーを開始。ガー・サミュエルソンとクリス・ポーランドは解雇され、新たなドラマーにChuck Behler(チャック・ベーラー)が参加。3枚目のアルバムのレコーディングを開始してから6週間が経過したこと、ギタリストのJeff Young(ジェフ・ヤング)が参加。メジャー・レーベルの予算で、ポール・ラニがプロデュースした『So Far, So Good... So What!(ソー・ファー、ソー・グッド…ソー・ホワット! )』のレコーディングには5か月以上かかり、翌1988年にリリース。その後8か月近く続くワールド・ツアーに乗り出しました。

イギリスのドニントンパークで行われたロック・フェスティバル、モンスターズ・オブ・ロックに出演するもデイヴィッド・エレフソンの薬物問題のために辞退。その直後、チャック・ベーラーとジェフ・ヤングは解雇され、オーストラリア・ツアーをキャンセル。翌1989年、新しいリード・ギタリストのオーディション中に、デイヴ・ムステインは非番の警察官が占有している駐車中の車に衝突した後、麻薬の影響下で運転し、麻薬を所持していたとして逮捕。その後まもなく裁判所命令による薬物リハビリテーションに入り、10年ぶりに薬物から解放されることとなります。

キャピトル経営陣のメンバーであるRon Laffitte(ロン・ラフィット)の推薦により、Marty Friedman(マーティ・フリードマン)がギタリストのポジションに就きました。復活したバンドは、1990年3月にランボ・レコーダーズのスタジオに入り、共同プロデューサーのMike Clink(マイク・クリンク)と共に、メガデスの最も高い評価を得たアルバム、『Rust in Peace(ラスト・イン・ピース)』のレコーディングを開始しました。アルバムは全英チャートで初のトップ10入りを果たし、1991年にグラミー賞の最優秀メタル・パフォーマンス賞にノミネートされ、1994年12月に認定されたグループの3番目のプラチナ・アルバムとなりました。

5枚目のスタジオ・アルバムの音楽は、2つの異なるセッションで書かれました。 最初のセッションはクラッシュ・オブ・ザ・タイタンズ・ツアーの終了後に行われ、2回目のセッションは1か月の休憩の後、1991年の秋に行われました。バンドはこのアルバムの作詞作曲へのアプローチを変更し、よりメロディックな曲を書き始め、翌1992年7月にリリースされた『Countdown to Extinction(破滅へのカウントダウン)』は全米ビルボード200で2位、全英チャートで5位と大ヒットを記録。バンドにとって最も売れたアルバムとなりました。

1994年、さらにサウンドを変化させた6枚目のスタジオ・アルバム『Youthanasia(ユースアネイジア)』をリリース。それまで特徴的だったデイヴのシニカルで冷徹な視点が影を潜め、曲はより温かみのあるメロディアスなものに。デイヴの麻薬中毒の再発によってツアー中断というアクシデントに見舞われたものの、前作の勢いを引き継ぎ全米チャート初登場4位を記録。

1997年に7枚目のスタジオ・アルバム『Cryptic Writings(クリプティック・ライティングス)』を発表。作詞作曲は、音楽のアイデアと歌詞を提供した新しいマネージャーのBud Prager(バド・プラガー)によって綿密に監督され、プロデューサーにカントリー・ポップのプロデューサー、Dann Huff(ダン・ハフ)を起用し、前作からさらに作風を変えポップ寄りのハードロックとなりました。

翌1998年、アルバムのツアー中に膝の故障を理由にメンザが脱退、新しいドラマーとしてJimmy DeGrasso(ジミー・デグラッソ)が加入。翌1999年、8枚目のスタジオ・アルバム『Risk(リスク)』を発表。前作と同じプロデューサーのもとでインダストリアル寄りの実験的な音楽性を展開したものも、メタルから離れたサウンドはファンから受け入れられずセールス面でも大失敗に終わり、翌1999年にはマーティ・フリードマンが脱退。

キャピトル・レコードで15年間働いた後、2000年7月にレーベルを去り、同年10月、新たなギタリストにAl Pitrelli(アル・ピトレリ)を迎え、新曲2曲を含むベストアルバム『Capitol Punishment: The Megadeth Years(キャピトル・パニッシュメント ~ザ・メガデス・イヤーズ~)』をリリース。2001年、サンクチュアリ・レコードに移籍し、9枚目のスタジオ・アルバム『The World Needs a Hero(ワールド・ニーズ・ア・ヒーロー)』をリリース。往年の音楽性に回帰した作品となり、全米11位を記録。政府がアルバムのアートワークが「国の若者には不適切」であると判断したため、マレーシアでは禁止されました。2002年3月、『THE WORLD NEEDS A HERO』に伴うツアー中のライヴの模様を収めたライヴDVDと2枚組ライヴ・アルバムをリリース。その直後の4月にデイヴ・ムスティンが腕の故障(橈骨神経麻痺)を理由に音楽活動を休止することを発表。 1月に腎臓結石の除去のために入院し、薬物中毒の再発の引き金となった鎮痛剤を投与されました。滞在後、テキサスの治療センターにチェックインしました。そこにいる間、左腕を椅子の背もたれに置いて眠りに落ち、橈骨神経を圧迫。その後、彼は橈骨神経障害と診断され、左手で握りこぶしを握ったり握ったりすることができなくなっていました。このことによりメガデスは解散。

理学療法と電気ショック療法を含む1年近くの回復の後、ソロ・プロジェクトを行いながら活動を再開し、バンドの再編成のために動き出します。ドラマーのニック・メンザだけが復帰に同意し、2004年9月、復活第一作となる10枚目のスタジオ・アルバム『The System Has Failed(ザ・システム・ハズ・フェイルド)』をリリース。当初はデイヴのソロ作品として制作されましたが、レコード会社の要望でメガデス名義でリリース。ギタリストには元メンバーのクリス・ポーランド、ドラマーにはヴィニー・カリウタが参加しています。

2005年、キャピトル・レコードからコンピレーション・アルバム『Greatest Hits: Back to the Start』がリリース。また、ドリーム・シアター、フィア・ファクトリーなどとともにアメリカとカナダを回るコンサートツアー『ギガンツアー』を主催。10月9日、ザ・システム・ハズ・フェイルドとブラックメール・ザ・ユニバースのワールド・ツアーの成功に続いて、アルゼンチンで開催されたペプシ・ミュージック・ロック・フェスティバルで完売した観衆に向けて、メガデスがレコーディングとツアーを続けることを発表します。

2006年2月、ベーシストのジェイムズ・マクドノーが辞め、新たなベーシストとしてジェイムズ・ロメンゾが参加。また、昨年に引き続き『ギガンツアー』を開催。5月にはロードランナー・レコードへ移籍します。2007年5月、11枚目のスタジオ・アルバム『United Abominations(ユナイテッド・アボミネイションズ)』をリリース。全米ビルボード200では8位を記録。『Cryptic Writings』以来10年ぶりにトップ10入りを果たしました。

2008年1月、ギタリストのグレン・ドローヴァーツアー中に心臓に問題を抱えていた事が発覚したため脱退。彼の推薦で新たなギタリストとしてChris broderick(クリス・ブロデリック)が加入します。2009年9月、12th枚目のスタジオ・アルバム『Endgame(エンドゲーム)』を発表。全米ビルボード200で9位を記録。翌2010年にはオリジナル・メンバーであるベーシストのデイヴィッド・エレフソンが復帰。入れ替わる形でジェイムズ・ロメンゾが脱退。2011年10月、13枚目のスタジオ・アルバム『Th1rt3en(サーティーン)』をリリース。全米ビルボード200で11位を記録しました。

2013年6月、14枚目のスタジオ・アルバム『Super Collider(スーパー・コライダー)』をリリース。ロードランナーを離れデイヴ・ムステイン自身の新レーベル「Tradecraft」からのリリースとなりました。全英アルバムチャートでは22位、全米ビルボード200では6位記録しました。翌2014年11月26日、ギタリストのクリス・ブロデリックが「音楽的嗜好の違いにより、自身の音楽的目的を追求するため」、ドラマーのショーン・ドローヴァーが「(バンド再結成から)10年が経ち、自分の音楽的関心を追求したい」との理由でそれぞれメガデスを脱退。この2人の脱退に対してデイヴは「(2人の脱退は)個人的な理由であって、彼らは彼らが正しいと思うことをした」「俺たちは絶対に解散しない」などと話しています。

2015年、Lamb of God(ラム・オブ・ゴッド)のドラマー、Chris Adler(クリス・アドラー)とAngra(アングラ)のギタリスト、Kiko Loureiro(キコ・ロウレイロ)は、デイヴが『Rust in Peace』のラインナップを再結成しようとして失敗した後、メガデスの15枚目のスタジオ・アルバムで演奏するために連れてこられました。キコは正式メンバーとして加入し、アドラーはゲストドラマーとして参加することが決定。

2016年1月、15枚目のスタジオ・アルバム『Dystopia(ディストピア)』をリリース。全米ビルボード200で初登場3位を記録。『Countdown to Extinction』以来24年ぶりにトップ3入りを果たしました。7月14日、ソイルワークのドラマー、ダーク・ヴェルビューレンの加入を発表。ヴェルビューレンは5月の『Rock on the Range festival』からメガデスのライヴに参加していました。翌2017年2月、第59回グラミー賞で最優秀メタル・パフォーマンス部門を受賞。

2019年、結成35周年記念の3枚組コンピレーション作品『Warheads On Foreheads』をリリース。同年初夏、デイヴが咽頭がんの発症を公表。今後のスケジュールの大半を白紙とし、治療に専念しながらも作品の制作は継続するとしました。当初、2020 年の夏に『The Metal Tour of the Year』と呼ばれるラム・オブ・ゴッドとの共同ヘッドライナー ツアーに乗り出す予定でしたが、COVID-19パンデミックの影響で延期。ツアーは2021年の夏に再スケジュールされました。2020年半ばにナッシュビルのスタジオに再び入り、新しいアルバムのレコーディングを再開し、暫定的に2021年にリリースする予定でした。

しかし2021年5月、ベーシストのデイヴィッド・エレフソンが若い女性ファンとのスキャンダルでメガデスから解雇。後任としてジェイムズ・ロメンゾがサポートとして11年ぶりに復帰し、翌2022年から正規メンバーに昇格します。但しロメンゾは『ザ・シック、ザ・ダイイング...アンド・ザ・デッド!』のレコーディングには参加しておらず、レコーディングでサポートメンバーとしてベースを弾いているのはスティーヴ・ディジョルジオ。

2022年9月2日、16枚目となるニューアルバム『The Sick, the Dying... and the Dead!(ザ・シック、ザ・ダイイング...アンド・ザ・デッド!)』を世界同時発売。全米ビルボード200、全英チャート共に3位を記録。全英チャートは初めてトップ3入りを果たしました。

メガデスはメタリカ、アンスラックス、スレイヤーと並ぶアメリカのスラッシュ・メタルの「ビッグ4」の1組であり、このジャンルの発展と普及に貢献しています。彼らの音楽は、複雑なアレンジと速いリズム・セクション、デュアル リード ギター、戦争、政治、宗教、死、個人的な関係などの叙情的なテーマを特徴としています。

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洋楽まっぷ編集部

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