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Bon Jovi(ボン・ジョヴィ)のプロフィール

Bon Jovi

Bon Jovi(ボン・ジョヴィ)は、トータルセールス1億2,000万枚以上を誇るニュージャージー州セイヤービルのアメリカンロックバンド。

現メンバーはJon Bon Jovi(ジョン・ボン・ジョヴィ)David Bryan(デヴィッド・ブライアン)Tico Torres(ティコ・トーレス)Hugh McDonald(ヒュー・マクドナルド)Phil X(フィル・X)の5人編成。

Jon Bon Jovi(ジョン・ボン・ジョヴィ)は13歳でバンドを結成し、音楽活動を始めています。16歳の時にDavid Bryan(デヴィッド・ブライアン)と知り合い、共にバンドを結成し始めたのが現在のルーツとなっています。当時はJohn Bongiovi and the Wild Onesというバンド名でした。

そのライブを見に来ていたのがRichie Sambora(リッチー・サンボラ)。その後当時のメンバーに変わって加入し、デビュー時のメンバー5人が揃いました。

1984年、Mercury Recordsと契約し、当時からマネジメントを行っていたDoc McGhee(ドック・マギー)のところで働いていた従業員がVan Halen(ヴァン・ヘイレン)のような名前から取ってBon Jovi(ボン・ジョヴィ)と呼ぶことを提案した事がきっかけでバンド名をBon Jovi(ボン・ジョヴィ)とします。

その後Doc McGhee(ドック・マギー)の力を借りて、1stアルバム「Bon Jovi(ボン・ジョヴィ)」をリリース。日本ではRunawayの邦題「夜明けのランナウェイ」がそのままアルバムタイトルになってリリースされました。翌1985年歌手の麻倉未稀によってカバーされました。

1stアルバムが全世界で350万枚の売上を記録、続く2ndアルバム「7800° Fahrenheit(7800°ファーレンハイト)」も300万枚と早くから世界中で人気バンドとなりましたが、1986年、シングル「You Give Love a Bad Name(邦題:禁じられた愛)」がBillboard Hot 100で初の1位を獲得し、続くシングル「Livin' on a Prayer(リヴィン・オン・ア・プレイヤー)」も1位を獲得。これらが収録された3rdアルバム「Slippery When Wet(スリッパリー・ホエン・ウェット)」が全世界で2800万枚を売り上げ一躍ビッグアーティストに。

その後も勢いは止まらず、7thアルバム「Crush(クラッシュ)」までスタジオ・アルバム4枚、1994年リリースのベストアルバム「Cross Road(クロス・ロード)」が全世界で1000万枚をそれぞれ超える売り上げを記録しています。

1988年リリースの4thアルバム「New Jersey(ニュージャージー)」はBillboard 200で4週連続1位、全英チャートでも初の1位を獲得し1800万枚を売り上げていますが、90年代に入るとアメリカでの売り上げが激減していきます。オルタナティブ・ロックが全盛期であったこともそうですが、1980年代に活躍したハードロック・バンドの多くが低迷していた時期でもあり、解散騒動やJon Bon Jovi(ジョン・ボン・ジョヴィ)のソロ活動の成功などから1991年頃までバンドは休業状態となります。

1992年、音楽プロデューサーBob Rock(ボブ・ロック)を迎えリリースされた5thアルバム「Keep the Faith(キープ・ザ・フェイス)」は、Billboard 200での最高位が5位、アメリカでの売り上げは200万枚と大きくセールスが減少してしまいますが、世界での人気は健在でトータル1200万枚を売り上げます。アルバムからは「Bed of Roses(ベッド・オブ・ローゼズ)」が唯一Billboard Hot 100でトップ10入りを果たし、1994年リリースのベストアルバム「Cross Road(クロス・ロード)」からリリースされたシングル「Always(オールウェイズ)」が全米で7年ぶりにプラチナ認定を受けるヒットとなり、ベストアルバムは全世界で2100万枚のセールスを記録、日本では「TOKYO Road」が収録され初のオリコン1位を獲得しミリオンセールスとなりました。

1994年にはベストアルバムがヒット中のなか6thアルバム「These Days(ジーズ・デイズ)」をリリース。アメリカでの売り上げは更に落ち込んでしまうものの、日本やイギリスを中心に世界的な人気から1000万枚をセールス。以後1995年までツアーを行い、終了後はバンド活動を休止し、再びソロ活動に入ります。

2000年、7thアルバム「Crush(クラッシュ)」をリリース。リードシングルとなった「It's My Life(イッツ・マイ・ライフ)」はプロデューサーMax Martin(マックス・マーティン)と共作し、世界中で大ヒット。2000年代以降の代表作となります。第43回グラミー賞ではシングル・アルバムが初めてノミネートされました。

2000年以降はCD不況などからセールスは落ち込むものの、安定した人気を誇り2002年リリースの8thアルバム「Bounce(バウンス)」はBillboard 200で2位を記録し、初登場でのバンド最高位を記録します。また日本では海外アーティスト初となる5大ドームツアーを開催。

2007年リリースの10thアルバム「Lost Highway(ロスト・ハイウェイ)」をリリースすると、Billboard 200で19年ぶりに1位を獲得。以降スタジオ・アルバムをリリースしワールド・ツアーを開催する事が多くなり、再び全米1位を獲得していくようになります。

1994年にAlec John Such(アレック・ジョン・サッチ)が脱退、以降はHugh McDonald(ヒュー・マクドナルド)がサポートメンバーとして参加し約20年、4人で活動を行ってきましたが、2014年にRichie Sambora(リッチー・サンボラ)が事実上の脱退。その後2016年よりサポートメンバーだったHugh McDonald(ヒュー・マクドナルド)Phil X(フィル・X)が正式なメンバーとなり現在は5人編成になっています。

2017年には2018年度のロックの殿堂に殿堂入りが決まり、翌年4月に記念式典が開かれ、Alec John Such(アレック・ジョン・サッチ)Richie Sambora(リッチー・サンボラ)が参加し、出身地でもあるニュージャージー州の知事は式典が行われた4月14日をBon Jovi Dayとしています。

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