テヴィン・キャンベル

Tevin Campbell(テヴィン・キャンベル)の記事一覧。最新の洋楽ニュース・コラム・その他特集記事などをご紹介。Tevin Campbell(テヴィン・キャンベル)に関する情報がチェックできます。

プロフィール

Tevin Campbell
Image: Instagram (@tevincampbell)
  • BORN
    テキサス州ワックスハチー
  • SNS
  • BIRTHDAY
    1976/11/12 (49歳)
  • OCCUPATION
    シンガーソングライター兼ミュージシャン

Tevin Campbell(テヴィン・キャンベル)はテキサス州ワックスハチー出身のシンガーソングライター兼ミュージシャン。本名はTevin Jermod Campbell(テヴィン・ジャーモッド・キャンベル)。

生い立ち

キャンベルはテキサス州ワクサハチーで生まれた。母は元郵便局員のロンダ・バードで、のちに彼のマネージャーも務めることになる。きょうだいは3人で、姉のマーシュ、弟のダマリオがおり、キャンベルはその真ん中にあたる。弟が生まれて間もなく父は家を去り、キャンベルが父と再会したのは15歳のときであった。

母がワクサハチーの教会、ジョシュア・チャペルA.M.E.の聖歌隊に所属していたこともあり、キャンベルは幼い頃からゴスペルに親しんでいた。最初は聖歌隊の一員として歌い、その後はソロでも歌うようになった。12歳のときには家族ぐるみの知人の縁でジャズ歌手ボビー・ハンフリーの前で歌う機会を得て、それがきっかけとなり、マンハッタンで収録形式のショーケースに出演することになった。

その映像がマネージャーのベニー・メディナの目に留まり、彼はすぐにテキサスへ飛んでキャンベルと契約を結んだ。その後、一家はロサンゼルスのエンシノへ移住し、キャンベルはシャーマン・オークス地区の私立学校に通うことになった。

キャリアの開始

メディナはQuincy Jones(クインシー・ジョーンズ)に相談し、キャンベルを彼のプロジェクトに参加させた。キャンベルは1989年、ジョーンズのシングル「Tomorrow (A Better You, Better Me)」でデビューを果たす。この曲は1990年6月にビルボードのホットR&B/ヒップホップ・シングル・チャートで1位を獲得した。

「Tomorrow (A Better You, Better Me)」は、ザ・ブラザーズ・ジョンソンが1976年に発表したインストゥルメンタル曲にボーカルを加えた作品であり、クインシー・ジョーンズの群像的アルバム『Back on the Block』からのリードシングルでもあった。このアルバムは1991年のグラミー賞で年間最優秀アルバムを受賞している。

その後キャンベルは、クインシー・ジョーンズやSiedah Garrett(シーダ・ギャレット)らと仕事を重ねながら経験を積み、さらにNarada Michael Walden(ナラダ・マイケル・ウォルデン)、Al B. Sure(アル・B・シュア)、Babyface(ベイビーフェイス)らのプロデュースのもとで追加の楽曲制作を進めた。

キャンベルにとって最初のソロ・ヒットとなったのは「Round and Round」である。この曲は1990年11月にR&Bチャートで3位、1991年4月にはビルボードホット100で12位を記録した。「Round and Round」はPrince(プリンス)がプロデュースを手がけ、プリンスの映画『Graffiti Bridge』でも使用された。

テヴィン・キャンベルは2013年を初のワールドツアーで締めくくり、5大陸の会場をソールドアウトさせた。テヴィン・キャンベルは安室奈美恵と共演し、彼女のアルバム「Feel」のプロモーション・シングル「Heaven」をプロデュースした。2015年には彼女のアルバム『genic』でも再び彼女と仕事をしたが、彼の曲はアルバムに収録されていなかった。

キャンベルは1990年公開の映画『Graffiti Bridge』に出演した後、翌1991年にはテレビドラマ『The Fresh Prince of Bel-Air』にもゲスト出演している。作中では、架空のティーン・アイドル“Little T”を演じ、アシュリーが憧れる有名人でありデート相手として登場した。このキャラクターはその後の2つのエピソードでも言及されている。作中では、アシュリーがウィルのサイン入りウィリー・メイズのボールをバッティング練習に使い、サインを消してしまったことに腹を立てたウィルが、彼女の持つテヴィン・キャンベルのポスターを破ろうとする場面もあった。また、アシュリーの音楽活動を宣伝するための話題作りとして、テヴィンを利用しようと企てる展開も描かれている。

なお、「Round and Round」によってキャンベルは第33回グラミー賞の最優秀男性R&Bボーカル・パフォーマンス賞にノミネートされたが、受賞はLuther Vandross(ルーサー・ヴァンドロス)の「Here and Now」に譲ることとなった。

デビュー後のキャリア

テヴィン・キャンベルは、最初の2枚のシングルの成功を受けて、1991年11月にデビュー・アルバム『T.E.V.I.N.』を発表した。本作には、R&Bヒットとなった「Tell Me What You Want Me to Do」、続く「Alone with You」、「Goodbye」が収録されており、とりわけ「Tell Me What You Want Me to Do」はキャンベルにとってR&Bチャート1位を獲得した代表曲のひとつとなった。アルバムはビルボード200で38位、トップ・R&B/ヒップホップ・アルバム・チャートで5位を記録し、最終的にはアメリカで100万枚の売り上げを達成してRIAAからプラチナ認定を受けている。

『T.E.V.I.N.』は、クインシー・ジョーンズ、アル・B・シュア、ナラダ・マイケル・ウォルデンらによってプロデュースされた。このアルバムによってキャンベルは第35回グラミー賞の最優秀男性R&Bボーカル・パフォーマンス賞にノミネートされたが、受賞はAl Jarreau(アル・ジャロウ)の『Heaven and Earth』に譲ることとなった。

また、『T.E.V.I.N.』の発表後は、インタビューやテレビ出演をこなしながら、3つの特別企画にも参加している。ひとつは、Take 6(テイク6)のMervyn Warren(マーヴィン・ウォーレン)がプロデュースし、グラミー賞を受賞した『Handel's Messiah: A Soulful Celebration』である。さらに、『A Very Special Christmas 2』では「Oh Holy Night」を歌い、1992年バルセロナ五輪の公式アルバム『Barcelona Gold』にはヒット曲「One Song」を提供した。こうした活動を通じて、キャンベルはデビュー直後から単なる新人にとどまらない存在感を示していったのである。

2作目のアルバム『I'm Ready』は、前作に続いてクインシー・ジョーンズとベニー・メディナがエグゼクティブ・プロデューサーを務めた作品である。『I'm Ready』はこの4年ほどの間に経験してきたことを通して、自分がどんな人間なのかを強く映し出した作品であり、デビュー時の幼い自分とは違うことを伝えたいという思いも明かしていた。制作にはベイビーフェイスらが参加している。

『I'm Ready』は1993年10月26日にリリースされ、アルバムからは複数のヒット曲が生まれた。「Can We Talk」はビルボードホット100で9位、ビルボードのR&Bチャートで1位を記録し、「I'm Ready」もホット100で9位、R&Bチャートで2位に到達した。さらに「Always in My Heart」はホット100で20位、R&Bチャートで6位を記録している。このほか、4枚目のシングル「Don't Say Goodbye Girl」もR&Bチャートでトップ30入りを果たした。アルバム自体もビルボード200で18位、トップ・R&B/ヒップホップ・アルバム・チャートで3位に達し、アメリカで200万枚を売り上げたことでRIAAからダブル・プラチナ認定を受けた。

この『I'm Ready』は、現在に至るまでキャンベル最大のセールスを記録したアルバムであり、彼のキャリアにおける頂点と見る向きも多い。しかも、録音当時のキャンベルはまだ16歳であった。このアルバムはグラミー賞でも高く評価され、「Can We Talk」で第36回グラミー賞の最優秀男性R&Bボーカル・パフォーマンス賞にノミネートされたが、受賞はRay Charles(レイ・チャールズ)の「A Song for You」に譲った。翌年の第37回グラミー賞では、「I'm Ready」で再び最優秀男性R&Bボーカル・パフォーマンス賞にノミネートされたものの、こちらはベイビーフェイスの「When Can I See You」が受賞し、アルバム『I'm Ready』も最優秀R&Bアルバム賞にノミネートされたが、Boyz II Men(ボーイズIIメン)の『II』に敗れている。

その後もキャンベルは活発に活動を続けた。1994年11月には映画『A Low Down Dirty Shame』のサウンドトラックに参加し、Jimmy Jam(ジミー・ジャム)とTerry Lewis(テリー・ルイス)がプロデュースした「Gotta Get Yo' Groove On」を歌っている。また、同年9月にはR&BスーパーグループBlack Men United(ブラック・メン・ユナイテッド)の一員としてシングル「U Will Know」に参加し、このグループにはUsher(アッシャー)も名を連ねていた。1993年から1995年にかけては、Janet Jackson(ジャネット・ジャクソン)の〈Janet World Tour〉の一部日程でオープニング・アクトも務めている。

1995年には、ディズニーのアニメーション映画『A Goofy Movie』でパワーライン役の声を担当し、サウンドトラック用に「I 2 I」と「Stand Out」を歌った。さらに同年9月28日放送のテレビドラマ『NY Undercover』のエピソード「Digital Underground.Com」には、Brandy(ブランディ)とともに出演し、「The Closer I Get to You」を披露している。こうしてこの時期のキャンベルは、ヒット曲、受賞候補、映画、テレビと多方面で存在感を示し、若くしてR&Bシーンの中心人物のひとりとなっていったのである。

の3作目のアルバム『Back to the World』は、Sean Combs(ショーン・コムズ)らのプロデュースを迎えて1996年にリリースされた。アルバムはビルボード200で46位、トップ・R&B/ヒップホップ・アルバム・チャートで11位を記録したものの、セールス面では最初の2作に比べて伸び悩み、ゴールド認定を受けながらも期待ほどの成果には至らなかった。先行シングル「Back to the World」は、ビルボード200で47位、R&Bチャートで14位を記録する中規模のヒットとなったが、続く「I Got It Bad」と「Could You Learn to Love」はホット100入りを逃し、R&Bチャートでも低い順位にとどまった。

同じ1996年、キャンベルはコンピレーション盤『Rhythm of the Games: 1996 Olympic Games Album』で「The Impossible Dream」をカバーしている。さらに、『The Songs of West Side Story』には「One Hand, One Heart」を提供した。このアルバムにはSelena(セレーナ)、Aretha Franklin(アレサ・フランクリン)、Phil Collins(フィル・コリンズ)、Patti LaBelle(パティ・ラベル)、Natalie Cole(ナタリー・コール)、Sheila E.(シーラ・E.)、All-4-One(オール・フォー・ワン)らも参加していた。

1999年2月23日には、セルフタイトルの4作目『Tevin Campbell』を発表した。この作品ではネオソウル寄りの方向性へ踏み込んだが、制作が急ぎ足で進められたこともあり、チャート成績はR&Bトップ30を下回る結果に終わった。シングルとしては「Another Way」だけがチャート入りし、トップ30圏内のヒットとなっている。アルバムにはWyclef Jean(ワイクリフ・ジョン)、Faith Evans(フェイス・エヴァンス)、David Foster(デヴィッド・フォスター)、そしてSWVのリードシンガーであるCoko(ココ)とのコラボレーションが収められた。同年には、Brandy(ブランディ)が主演した人気番組『Moesha』のエピソード「The Rite Stuff」にもゲスト出演している。

しかし1999年7月、キャンベルはカリフォルニア州ヴァンナイズで行われた覆面捜査の中で、私服警官に対してわいせつ行為を持ちかけたとして逮捕された。この取締りは、巡回や客引き行為に関する住民からの苦情が多く寄せられていた地域で実施されたものであった。警察報告によれば、逮捕時には少量のマリファナも所持していたという。2001年にはベスト盤『The Best of Tevin Campbell』をリリースしている。

2004年頃までキャンベルは公の場にほとんど姿を見せず、低いプロフィールを保っていた。しかし2005年になると、ブロードウェイ・ミュージカル『Hairspray』でSeaweed J. Stubbs役を演じて再び表舞台に立つことになる。その後はオーストラリア公演でも同役を再演し、メルボルン公演とシドニー公演に参加した。キャンベルはこの作品に2011年まで関わり続けている。2008年5月には、2002年録音の未発表音源をまとめたデジタル作品『2008, Never Before Heard』を配信したが、半年後には配信ストアから取り下げた。

2009年初頭には、ナラダ・マイケル・ウォルデンが、キャンベルが新作の準備を進めており同年初めにも発表される見込みだと語ったものの、実際には何もリリースされなかった。一方で同年にはBETアワードに出演し、Trey Songz(トレイ・ソングス)、Tyrese(タイリース)、Johnny Gill(ジョニー・ギル)とともにThe O'Jays(ジ・オージェイズ)へのトリビュートを披露している。2010年5月には『The Mo'Nique Show』でパフォーマンスを行い、多くの人から音楽活動再開を望まれていること、そして自身もカムバックを考えていることを明かした。さらに2010年11月には、クインシー・ジョーンズの楽曲「Secret Garden」のリメイク版に参加し、Usher(アッシャー)、Robin Thicke(ロビン・シック)、Tyrese Gibson(タイリース・ギブソン)、LL Cool J(LL・クール・J)、Barry White(バリー・ホワイト)と共演している。TV Oneの番組『Life After』では、キャンベルの人生とキャリア、そして復帰に向けた近況も紹介された。

2011年から2012年にかけては散発的に小規模な出演を重ね、2013年には南アフリカのケープタウンで『Tevin Campbell』名義のコンサートを開催した。また、『Divos Tour 2013』の一員として南アフリカ各地で公演を行い、ロンドンのThe O2 Arenaでもステージに立っている。さらに同年、FNBスタジアムで開催されたNelson Mandela(ネルソン・マンデラ)追悼式典『One Man, One Nation, One Celebration』にも出演し、その功績を称える場で歌声を披露した。

2014年6月14日、ニューヨークのB.B. King’s Blues Club and Grillで「An Evening with Tevin Campbell」と題したコンサートを開催し、高い評価を受けた。この頃には、Teddy Riley(テディ・ライリー)、Faith Evans(フェイス・エヴァンス)、T-Pain(T-ペイン)らと新作アルバムの制作を進めていることも正式に発表されている。同年7月にはニューオーリンズのエッセンス・ミュージック・フェスティバルにも出演し、好意的な反応を集めた。

2014年8月には、Naturi Naughton(ナトゥーリ・ノートン)と共に「Let it Flow」に参加し、この曲はFull Force(フル・フォース)のアルバム『With Love from Our Friends』に収録された。さらに同年11月には、キャンベルがSpectra Music Group(スペクトラ・ミュージック・グループ)と契約したことも伝えられた。2015年8月には、D23 Expoで行われた『A Goofy Movie』キャスト再会企画の場で、「I 2 I」を披露する貴重なステージにも立っている。

2015年には、Aaron Bing(アーロン・ビング)のアルバム『Awakening』収録曲「Maybe Tomorrow」のリメイク版にも参加した。さらに同年のソウル・トレイン・ミュージック・アワードでは、Kenneth “Babyface” Edmonds(ケネス“ベイビーフェイス”エドモンズ)がレジェンド賞を受賞した記念トリビュートで、「Can We Talk」を披露している。この企画にはBrandy(ブランディ)、Fantasia Barrino(ファンテイジア・バリーノ)、Boyz II Men(ボーイズIIメン)、Bobby Brown(ボビー・ブラウン)らも参加していた。

その後、キャンベルは5作目のアルバムからの新曲「Safer on the Ground」を発表した。この曲について本人は、現代版の「Tell Me What You Want Me to Do」を思わせる楽曲だと語っている。一方で、それは単なる失恋ソングではなく、音楽業界で味わった失望や、自分らしさを守りたいという思いも重ねた作品だと説明していた。キャンベルは近年のR&Bの流れに必ずしも同調しておらず、自身の音楽には“本物らしさ”を求めているとも述べている。

2019年3月19日には、OWNのドラマ『Queen Sugar』シーズン4への出演も明らかになった。これは番組のFacebook上で公開されたサプライズ映像によって発表されたものである。この話題の背景には、監督のAva DuVernay(エイヴァ・デュヴァーネイ)が以前からキャンベルを擁護し、何らかの形で作品に登場させたいと考えていたこともあった。