
ボン・ジョヴィの『These Days』が発売されたのが1995年6月27日。日本では6月12日に、アメリカよりも先にリリースされました。
発売から30年、改めてこの『These Days』について振り返ってみたいと思います。
CD全盛期とベスト盤ヒットの影響
90年代はCDの全盛期、そして1994年にはベスト・アルバム『CROSS ROAD』が洋楽ロック・バンドとして初めてミリオンセールスを記録し、ボン・ジョヴィの人気は拍車をかけていました。そもそも日本での知名度が早くからあったボン・ジョヴィですが、CDを買うのが定番になっていたこの時期、洋楽も活況な時代でした。ホイットニー・ヒューストン、マライア・キャリー、セリーヌ・ディオン、カーペンターズといったアーティストがシングルヒットを放ち、マライア・キャリーに至ってはアルバムのミリオンも連発するような人気。男性アーティストではエリック・クラプトンの『Unplugged』がヒットしたり、スキャットマン・ジョンの大ブレイクなど、洋楽全体が非常に活況を呈していた時期でした。
日本レコード協会の認定を基準とすると、洋楽ロック・バンドでミリオンを達成しているのはオムニバスを除けば『CROSS ROAD』以外でザ・ビートルズ『1』(2000年)とクイーン『ジュエルズ』(2004年)のみ。どちらもベスト盤ですが、意外にも少ない印象。『CROSS ROAD』のヒットはかなりすごかったことなのではないかと感じます。
そんな中『CROSS ROAD』から1年経たずにリリースされたのが『These Days』。※『CROSS ROAD』は1994年10月、『These Days』は1995年6月リリース。
そもそも『These Days』が予定していたスケジュールを超えてしまい、完成に至らなかったことで『CROSS ROAD』のリリースが決まったようなものなんですが、前作『Keep The Faith』から3年、今は亡きアレック・ジョン・サッチ脱退後4人体制になって最初のアルバムとなるなど発売前から注目される要素もありました。実際、『CROSS ROAD』が世界的にもヒットしていたため発売時期に悩んでいたことを後にあかしています。
結果的に日本では2作連続1位を獲得。売上についてはミリオンに到達しているという情報も多いのですが、日本レコード協会の認定を基準とすると、旧基準のトリプル・プラチナ(60万枚に相当)となっており、残念ながら情報は曖昧です。それでも80万枚近くの売り上げは記録しているようなので、間違いなくヒットしました。仮にミリオンに到達しているのであれば、洋楽ロック・バンドとして初めてミリオンセールスを記録したスタジオ・アルバムになるのですが、時代的な問題もありネットでの情報は正確さにかける部分もありました。
このヒットは『CROSS ROAD』の勢いに加え、発売1カ月前の5月に来日公演を行ったことも大きいと想像できます。東京・西宮・福岡の3公演で基本的には『CROSS ROAD』のプロモーション・ツアーだったのですが、ここで先行シングル「This Ain't A Love Song」も披露しています。
全国的な状況はわかりませんが、「This Ain't A Love Song」はかなりラジオで人気だった記憶があります。先行シングルでいきなり『CROSS ROAD』収録のどの曲にも似つかない新たなボン・ジョヴィらしさ、さらに恐ろしいほど名曲すぎるということなどもアルバムのヒットにつながっていることは間違いないと思います。
また『These Days』のプロモーション用インタビューもテレビで字幕付きで放送されていた記憶もあり、この時期それなりにアルバムのプロモーションもできていたのではないかと推測できます。
結局のところ、日本での洋楽ロック・バンドによるスタジオ・アルバムとしては、歴代でもトップクラスの売上となったのは間違いなさそうです。
音楽性の変化とダークな世界観
『These Days』は、その音楽的な変化と深みのある世界観によって、ボン・ジョヴィのキャリアの中でも異彩を放つ作品となっています。従来の明快なロックンロールやパーティー感のある作風とは異なり、本作では全体的に内省的かつ重厚なトーンが際立ち、楽曲ごとに異なる感情の振れ幅が巧みに表現されています。
アルバムの世界観に一気に引き込むことに成功したインパクト絶大の「Hey God」を1曲目に持ってきたこと、ジョン・ボン・ジョヴィとリッチー・サンボラの2人が初めてプロデュースにも関わったこと、バランスを考慮したのかデズモンド・チャイルドが引き続き参加していることなど、かなり考え込まれたように感じるアルバムです。
まず1曲目の「Hey God」。いくつかのエピソードからサビで神様に向けて俺が見えてるか、考えてるかのような訴えを起こしています。あと2回分の給料で路上生活になる家族持ちの男性、息子が有罪判決を受けたばかりの働くシングルマザー、ゲットーで育ち21歳になれない、つまりそこまで生きられない若者など。サビの最後の歌詞「Do you ever think about me?」が強烈なインパクトを残します。
歌詞に改めて目を向けると、その内容は現代の日本社会にも通じる部分があるように感じられます。アルバムの冒頭から、こうしたエピソードを盛り込んだ楽曲を配置することで、作品全体の世界観を強く印象づけている点には、制作者の覚悟と意図の深さがうかがえます。しかもこの曲は、6分を超える構成の大作でもあります。
一方で、サウンドが非常に魅力的なため、歌詞の意味を深く理解せずに聴いた場合には、そのダークなテーマ性よりも、サウンドの格好良さが先に伝わってくるかもしれません。しかし、歌詞に込められたメッセージを意識しながら聴くことで、この曲がいかに完成度の高い名曲であるかを、より強く実感できるはずです。
ここからシングルにもなった「Something for the Pain」、「This Ain't a Love Song」と続くんですが、「Something for the Pain」は、直訳すれば「痛みを和らげる何かをくれ」といった意味になりますが、そうしたメッセージを非常にポップなメロディに乗せて歌っているのが印象的です。実際、日本ではCMソングとしても使用されたことがあり、そのキャッチーさが広く受け入れられたことがうかがえます。
ソングライティングにはデズモンド・チャイルドも名を連ねており、どの程度関与していたかは明言されていないものの、彼の存在がこの楽曲のポップな仕上がりに大きく貢献している可能性は十分に考えられます。
そして「This Ain't a Love Song」。先行シングルとして米ビルボードホット100では34位に初登場。その後14位まで上昇し、現在までにトップ20入りを果たした最後のシングルになっています。
そしてタイトル曲の「These Days」、「Lie to Me」と続き、6曲目の「Damned」でガラッと転調するかのように雰囲気が変わります。「Keep the Faith」のようにマラカスを振りたくなるようなノリで、サビではブラスアレンジがあることでブルースやファンクさもあるかなりかっこいい曲になっています。新たな1面というか異色さすらある1曲です。
この雰囲気をもう少し維持してほしいと思いながらも、次の「My Guitar Lies Bleeding in My Arms」では再びダークな雰囲気に変わります。今でこそこの曲順は気に入っていますが、当時はこの後に「Hearts Breaking Even」が来てほしかったと思っていました。歳を重ねるほどこの曲が好きになっていくんですよね。「My Guitar Lies Bleeding in My Arms」についてはテーマ性としてはこのアルバムだからこその歌詞というわけでもないんですが、ラストにハイトーンで歌う、歌えちゃうジョンの当時の音域のすごさ、これに尽きるかもしれません。
アルバムが発売されてから一番好きな曲が次期毎に変わっていきましたが、現時点ではこのアルバムで一番好きな曲です。
Bon Jovi - My Guitar Lies Bleeding In My Arms - YouTube
そして「(It's Hard) Letting You Go」と続き、先述した「Hearts Breaking Even」と続きます。アルバム購入当初はかなりお気に入りの1曲でした。
Bon Jovi - Hearts Breaking Even - YouTube
そして「Something to Believe In」、アルバムのイメージから考えると異質に感じてしまうほどさわやかさがある「If That's What It Takes」と実はポジティブ気味な曲が続いていて、しっかり1枚のアルバムで3部作になってるような構成だなと思います。
そしてラストの「Diamond Ring」。これは正直隠れ代表曲と言ってもいいほど異質な曲だと思います。初期のカントリーっぽさもありながら、このアルバムに合わせたようなアレンジがラストに相応しいというか、アルバムのエンディングテーマソングのような1曲です。
Bon Jovi - Diamond Ring - YouTube
初期のカントリーっぽさがあるのもある意味当然で、もともと『New Jersey』のセッション中に書かれたもの。『Keep the Faith』のセッションでも挑戦したそうで、『These Days』でようやく完成したんですね。2014年にリリースされた『New Jersey』のデラックス・エディションにデモ音源が初収録されています。
Bon Jovi - Diamond Ring (Demo) - YouTube
日本盤にはこのある「All I Want Is Everything」、「Bitter Wine」という2曲のボーナス・トラックが追加されました。
まとめ
簡単ではありますが改めてこの『These Days』について振り返ってみました。
どんなアルバムにも共通することかもしれませんが、リリース当時に聴くのと、大人になってから改めて耳を傾けるのとでは、印象や感じ方が大きく変わってくるもの。作品の背景や、アーティストたちの心情が、より鮮明に伝わってくるように感じられます。
とくに1990年代のロック・バンドが、時代の変化にどのように向き合っていたのかという視点は、若いリスナーにとってはあまり意識されていなかったかもしれません。一方で、当時すでにロックを聴き慣れていた世代にとっては、ニルヴァーナやパール・ジャムといったグランジやオルタナティブ・ロックが台頭し、音楽シーンが大きく変化していたことは、はっきりと認識されていたはずです。
そうした時代背景を踏まえて、あらためて『These Days』を聴き直してみると、この作品がいかに丁寧に作り込まれ、時代の空気に向き合いながらも独自の道を模索していたかが、より鮮明に伝わってきます。
ベスト盤『CROSS ROAD』とはまったく異なるアプローチを取りながらも、そこには新たな魅力が確かに存在していました。その音楽性の変化は賛否を呼びつつも多くのリスナーの心をとらえ、日本での大ヒットにつながったのではないでしょうか。
そうした反響を含めて、『These Days』はボン・ジョヴィのキャリアの中でも特別な位置づけにある1枚だといえます。