先月よりNetflixで配信されているドキュメンタリー『ポップスが最高に輝いた夜』。
タイトルだけでは何を示したドキュメンタリーなのかわかりにくいですが、1985年の代表曲「We Are The World」に参加したアーティストたちが一堂に返し、レコーディングが行われた様子を数名のアーティストのインタビューや当時の映像をもとに振り返るものとなっています。
The Greatest Night in Pop | Official Trailer | Netflix - YouTube
「We Are The World」は言わずと知れた世界的なチャリティー・ソングのひとつ。アメリカで活躍する著名なアーティストがあらゆる垣根を超えて集結した伝説的な曲で、今尚多くの人に聴かれている曲です。
・USA for Africaの誕生から「We Are the World」のヒットまで
奇跡の一夜にのめり込む96分
過去の映像は多くのメイキングがこれまでも特集されてきたこともあって見覚えのあるシーンも多いかもしれません。しかし改めてこの奇跡の一夜を目の当たりにするとつい最後まで観てしまう。そしてあっという間の96分。
携帯電話もメールもない時代に多くのアーティストに対して急を要すスケジュールを抑え、これだけのメンバーが集まり朝までレコーディングを続けるというのも至難の業。しかもそのわずかな時間で録音された曲が歴史に残る名曲となっているという点においても重要な一夜だと言えます。
このドキュメンタリーでは、46人のアーティストが集まったという事実だけではなく、細かく歌詞を変更していったり、上手く進まない中で苛立つ人たちも出てきたりとリアルな側面もそのまま見せています。例えば曲を書いたのはMichael Jackson(マイケル・ジャクソン)とLionel Richie(ライオネル・リッチー)ですが、電話に出なかったため制作段階で声をかけられなかったStevie Wonder(スティービー・ワンダー)は教えてくれよとショックを受けていたよう。電話が来ていたことを知らなかったようです。もしここでスティービー・ワンダーが参加していたら、もっと違った曲になっていたかもしれないと思うとこのわずかなすれ違いひとつとっても大きな出来事のように感じます。
今回はレコーディングのシーンで筆者が特に印象に残った3つのシーンをご紹介したいと思います。
① 言語の追加を提案したスティービー・ワンダー
スティービー・ワンダーはスワヒリ語を入れたいという提案をし始めたことをきっかけに一時、険悪なムードになります。この論争に数時間費やされ、嫌気がさしたWaylon Jennings(ウェイロン・ジェニングス)が帰ってしまいます。多くが反対だったもののスティービー・ワンダーはこだわりを見せ続けますが、最終的には却下。
この判断の興味深いところは、他言語を入れることによる嫌悪感をきっかけとして売り上げに影響が出るのではないかという懸念。もっとシンプルに言えばアーティスト側の英語以外は受け付けたくないという考え方もあるかもしれません。
実際、チャリティー・シングルであるからにはとことん商業的に考えて多くの人にレコードを買ってもらうことも必要なのでこの結論は理解ができます。一方で多言語を駆使してしまったのが、後にリリースされた「We Are the World 25 for Haiti」。
これは2010年のハイチ地震のために特化したチャリティー・シングルとなったためハイチ語が一部用いられましたが、この曲に参加したアーティストの中にはハイチだけではなく困っている人々のための曲にすべきという意見もあったようです。
「We Are the World 25 for Haiti」はそもそもラップの追加があまりにも不評だったため多くのアーティストが参加したにもかかわらず商業的に振るいませんでした。
結局のところ、「We Are the World」にもしスワヒリ語が採用されていたら、曲として参加したアーティストが同じ方向を向けない曲になっていたかもしれません。
② ボブ・ディラン
Bob Dylan(ボブ・ディラン)に注目しながら見ていると、全員での合唱となるシーンでの談笑場面や、休憩しているシーンなどほとんどの場面で顔つきが変わりません。緊張しているのかただ真面目なのか。
また多くのアーティストはエンターテイナーとして歌唱力もずば抜けている中、ボブ・ディランのうまさはあきらかに他のアーティストとは違います。歌唱力を売りにしているわけでもないため余計そう見えます。実際ボブ・ディランはこのドキュメンタリーで、スティービー・ワンダーにメロディを作ってもらい、何度も歌い練習してレコーディングを行っています。
ボブ・ディランのソロの提案はQuincy Jones(クインシー・ジョーンズ)。ボブ・ディランが参加する事の意味をここでフル活用している点もおもしろい要素のひとつです。
③ ヒューイ・ルイス、シンディー・ローパー、キム・カーンズ
オファーがあったものの結局参加しなかったPrince(プリンス)に変わって、Huey Lewis(ヒューイ・ルイス)が歌うことになったブリッジ部分。
この曲における重要な核のひとつだと思える部分ですが、ここでのヒューイ・ルイス、そしてCyndi Lauper(シンディー・ローパー)、Kim Carnes(キム・カーンズ)が何度も繰り返してあの形にしたという過程が見られます。
ただこの手前のマイケル・ジャクソン、何度歌っても全く同じような歌い方ができている点もまず恐ろしいんですが、キム・カーンズの箇所でヒューイ・ルイスがコーラスで最初は入っていなかったというのも興味深く見られます。シンディー・ローパーも出だしの「Well, well, well」があるかないかでこんなに違うものかと感じさせられるシーンですし、最後の「Yeah, yeah, yeah」もなくてはならないものだとわかります。
もちろん他も素晴らしい
Autograph Signing Session | The Greatest Night in Pop | Exclusive Clip | Netflix - YouTube
『ポップスが最高に輝いた夜』は、楽曲はもちろんMVだけではわからない部分が多く再発見につながります。
一発録音で成功したのかと驚く場面もありますし、歌がうますぎると思う場面、Al Jarreau(アル・ジャロウ)がそんなに迷惑かけてたのかと思う場面、マイケル・ジャクソンが自然体でみんなの輪の中にいる場面、そしてカメラマン側から見た視点なども。
先週、このドキュメンタリーが公開されたことについて『The Howard Stern Show』に出演したBilly Joel(ビリー・ジョエル)はまだ観てないとしながらも当時を思い出し、隣にいたシンディー・ローパーが「この曲ってペプシのコマーシャルみたい」と小声で話していた様子などをあかしています。この部分はもちろんドキュメンタリーにはありません。
Billy Joel Tells Stories About “We Are the World” Recording - YouTube
特にリアルタイムで聴いていた世代の方にとっては、1985年の24時間テレビで小林克也さんがナレーションを努めたというメイキングを見たことがある方もいるかもしれませんが、もちろん96分のドキュメンタリーで一晩中回してたカメラの中から編集されたものですので、見たことがないシーンもあるかもしれません。
そして若い世代の方にもこの伝説の一夜を是非体感してほしい作品になっていると言えます。
来年はレコード発売から40周年を迎えます。今、改めてこの曲をレコーディングするかもしれないと考えた時、誰に参加するかを考察するのもひとつの楽しみです。
果たして実現するかどうか。