英国でカントリーミュージックの存在感が急速に高まっています。以前から一定の愛好家はいましたが、現在起きているのは専門ジャンルの内側だけにとどまらない変化です。ストリーミング、全英チャート、大型フェス、スタジアム公演のすべてで、カントリーが一般の音楽市場へ入り始めています。
英国におけるカントリー音楽の消費量は、2020年から2025年にかけて181%増加。市場シェアも同期間に1%から2%へ倍増し、一定規模以上の主要ジャンルの中では、英国で最も速く成長している音楽の一つになっています。
全英シングルチャートでも変化は明確です。2024年にはBeyoncé(ビヨンセ)が「TEXAS HOLD 'EM」、Post Malone(ポスト・マローン)はMorgan Wallen(モーガン・ウォーレン)とのコラボ曲「I Had Some Help」でトップ10入りすると、Shaboozey(シャブージー)が「A Bar Song(Tipsy)」で、Dasha(ダーシャ)も「Austin」がトップ10入りするなど、複数のカントリー系楽曲が人気を得ました。
さらに2026年には、Ella Langley(エラ・ラングレー)の「Choosin' Texas」のような、米国南部の物語やカントリー特有の歌唱を前面に出した楽曲もトップ10へ進出しています。
英国のリスナーがカントリーを受け入れ始めたというだけではなく、ポップスターがカントリーを取り入れる段階から、カントリー歌手の楽曲そのものが総合チャートで選ばれる段階へ移りつつあると言えます。
一部の愛好家の音楽から、大規模なライブ文化へ
英国には以前からカントリーを支持する固定ファン層があり、専門チャートやラジオ番組を通じて独自の市場が築かれてきました。現在起きているのは、カントリー人気がゼロから生まれたという変化ではありません。これまで専門ジャンルの内側で支えられてきた音楽が、一般のシングルチャートやストリーミング、大型フェス、スタジアム公演へと急速に広がっているのです。
その土台をさらに大きくしたのが、2013年にロンドンで始まったC2C: Country to Countryです。英国で米国の主要カントリーアーティストをまとめて見られる機会を作り、既存のファンを集めるだけでなく、ロックやポップを聴く層にもジャンルとの接点を増やしてきました。
2026年にはロンドン、グラスゴー、ベルファストの英国3都市だけで10万人を超える観客を集め、さらにベルリンとロッテルダムでも開催。英国だけでなく、欧州の主要都市へ市場が広がっています。
英国のカントリー/アメリカーナ系フェスThe Long Roadも、2018年の約9,000人規模から、2026年には約4万人規模へ成長しました。新たに始まったState Fayreも、カントリーを中心とした大型イベントとして約5万人の来場を想定しています。
Luke Combs(ルーク・コムズ)、Zach Bryan(ザック・ブライアン)、そしてモーガン・ウォーレンといったアーティストは、もはや小規模な専門会場でのみ支持される存在ではありません。英国でもアリーナやスタジアム規模の動員が成立するようになり、ライブ市場がカントリーを一つの主要ジャンルとして扱い始めています。会場では音楽だけでなく、カウボーイブーツやハット、デニム、ラインダンス、バーベキューなども含めた文化全体が楽しまれています。
一見すると米国文化の模倣にも見えますが、参加者にとっては日常とは異なる服装を楽しみ、大勢で歌い、同じ音楽を好きな人とつながる機会でもあるため、カントリーは聴くだけのジャンルではなく、参加しやすいライブ文化として英国へ定着し始めています。
ポップとの融合が入口を開き、歌詞の物語が人を残した
現在のカントリー人気を理解するには、どこまでをカントリーと呼ぶのかについても考える必要があります。
モーガン・ウォーレンはカントリーにポップ、ロック、ヒップホップの感覚を取り入れており、ザック・ブライアンはフォークやシンガーソングライターのリスナーにも支持され、ルーク・コムズの大きなコーラスはスタジアムロックに近い力を持っています。
さらに2024年にビヨンセやポスト・マローンがカントリー・アルバムをリリースしたことも大きく、普段カントリーを選ばない巨大なファン層をジャンルへ連れてきました。こうしたクロスオーバー作品は、「カントリーは米国南部の保守的な音楽」、「年配者が聴くジャンル」という英国の若者に対し先入観を弱めたと言えるのではないでしょうか。
またストリーミングの存在も大きく、以前は英国でカントリーを聴くために専門ラジオや輸入盤へ自分から近づく必要がありましたが、現在はTikTok、Spotify、YouTube、映画やドラマを通して曲単位で見つけることができるので、最初からカントリーを探していなくても、失恋ソング、アコースティック、フォークポップ、ドライブ向けのプレイリストから、そのままカントリーアーティストへたどり着けます。
しかし、入口が増えただけでは一時的な流行で終わります。現在の人気が継続している理由として、カントリー特有のストーリーテリングも重要です。恋愛、別れ、故郷、家族、孤独、仕事、依存、生活の行き詰まりといった題材を、具体的な人物や場所、会話として描くのがカントリーの伝統です。抽象的な雰囲気だけではなく、誰がどこで何を経験したのかが見えるため、初めて聴く曲でも感情の流れを理解しやすくなっています。
エラ・ラングレーの「Choosin' Texas」もその一例。テキサスやテネシーといった米国の地名を使いながら、中心にあるのは、愛する人の気持ちが別の女性へ向かっていることに気づく失恋の物語です。
もちろん全英チャートにおけるカントリーのトップ10入り自体は初めてではなく、1970年代にはTammy Wynette(タミー・ウィネット)やLynn Anderson(リン・アンダーソン)、Kenny Rogers(ケニー・ロジャース)などが英国で大きなヒットを記録しました。ただ近年のトップ10はポップやヒップホップとの融合曲、クラブミュージック、あるいはすでに世界的な知名度を持つスターの作品が中心。その中で、カントリー色の強い若手歌手の楽曲が上位へ進んだことは、ジャンルへの関心が表面的な流行を越え始めたことを示しています。
クロスオーバーの先で始まった、カントリーそのものの定着
これまで英国におけるカントリーの拡大は、ポップスターやジャンル融合型のヒットを入口として進んできました。しかし昨今では英国のリスナーが、カントリー特有の歌唱、楽器、地名、生活感、物語の作り方まで含めて受け入れ始めているということ。
BBC Radio 2をはじめとする放送局、専門ラジオ、C2Cなどのフェス、現地プロモーターが長年にわたって市場を育ててきたことも、この変化を支えています。SNSでヒットした曲が生まれたとき、すぐにライブやラジオへつなげられる受け皿がすでに作られているのも大きな要因のひとつかもしれません。
また欧州でも同様の動きが見られ始めており、C2Cはドイツやオランダへ拡大し、北欧でもカントリーアーティストの公演が増えています。フォークやロック、シンガーソングライター文化が強い地域では、現在のカントリーが持つ生楽器中心の音や物語性を受け入れやすい土壌があります。
英国で起きているのは、カントリーが突然流行したという単純な現象ではなく、ジャンルの境界が薄れたことで入口が増え、若い世代が古い先入観を持たずに曲へ出会い、その先でカントリー本来の物語性や歌唱にも引き込まれている点にあると言えます。
クロスオーバー作品が扉を開き、その奥にあるカントリーそのものまで聴かれるようになったこと。それが、現在の英国と欧州でカントリー人気が急拡大している最大の変化です。
